夕紅
午後5時15分
同じ頃の裏山
30年前の今日(昨日だったかもしれないけど)
山姥村に引っ越してきた。
あの日の前日、大きな台風で日本中が被害を被り
新幹線も止まっていたし
これから引っ越すはずの静岡県の小さな町でも人死にが出ていた。
引っ越し荷物のトラックの後にオンボロカローラバンが続き
乳飲み子を抱えた若い夫婦は
トラックの運転手が嫌がるのをなだめすかし
崖崩れの危険箇所を示す土嚢を退けながら 山姥村へとやって来たのだった。
引っ越しも一段落つき お茶を飲もうとしたら 断水で
暗くなってきたので電灯を付けようと思ったら 停電だった。
乳飲み子より先に若い母親は泣き出し、若かった夫はお手上げだったに違いない。
夜になると、辺りは真の闇に包まれ
しんと静まりかえり自分の耳鳴りしか聞こえない。
こんな筈ではなかったと思ったあの夜のことは一生忘れないだろう。
あれから30年
今日の夕方の富士山の見事さに圧倒される。
裏山の上空の雲は燃えるように輝き
この空の下にいる人間なんて さもない生き物だと睥睨しているかのようだった。
いろんな事があって いろんな人たちに会って
いろんな経験を積んで 目出度く真のオバチャンになったけれど
思いは若い頃と変わらないと思っているのは 錯覚だろうか。
30年なんて短いものだ。