5月9から15日の富士山・泣かないのか泣かないのか
5月9日午前6時21分頃
5月10日午前7時35分頃
5月11日午後3時58分頃
5月12日午前11時59分頃
5月13日午後0時25分頃
5月14日午前8時49分頃
5月15日午後3時26分頃
5月12日の
お昼前だったと思う。
ワタシは
明日はテンペイの誕生日だわ
と、思いながら
地境にあるヤマボウシの
ヒョロヒョロの木を見に行った。
いつもの年より沢山の蕾をつけて
満開になったら、どんなに豪華だろうと心躍らせた。
翌日
蜷川幸雄の訃報を
朝一番でyahoo!ニュースで読む。
ニナガワユキオが死んじゃったよ
と、夫に報告。
我が青春の日々よ。
と、感慨は底無し沼よりも深い。
蟹江敬三さんを悼んでいる。
そうして、
蜷川幸雄は逝った。
1970年代初頭
新宿の裏文化という言葉も生まれ
(たぶん)
アートシアター新宿の蠍座
とか、
ワタシはまだお子ちゃまだったので
一人で裏文化の街を歩くことなどできなかったけれど
櫻社の芝居は何度か観に行った。
泣かないのか泣かないのか1973年のために?
清水邦夫 作
蜷川幸雄 演出
その翌年、櫻社は解散となる。
で、蜷川幸雄は
ご存知のように商業演劇から
世界のNINAGAWAとなっていくのだったわね。
ワタシが解説することではないね・・・
あれから何十年経っても
ワタシは新宿の薄汚れた劇場を忘れない。
ご冥福をお祈りする。
楓の種ができて
飛び立つまでには
まだまだ時間はかかるけど
出来たばかりのヘリコプターは
瑞々しく美しい。