Y版山姥日記

旧山姥日記

2月23日から28日の富士山・お子守りと骨壺

2月23日午前10時26分頃
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2月24日午後4時21分頃
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2月25日午後1時31分頃
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2月26日午前10時2分頃
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2月27日午後5時39分頃
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2月28日午前10時20分頃
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2月が始まって少し経ったある日

高校一年生からの大事な友人からメールが来た


「悲しいお知らせ」

と、題されたそのメールは


彼女の夫の死を知らせていた




彼女の旦那さんとは中学がワタシと一緒で

隣のクラスだった



彼が再び私の前に姿を現したのは


その友人の恋人としてで


その時の驚きを覚えている




その後

彼はワタシの夫とも仲良くなり

(お互いに大学生だった)


彼と夫の共通点は些細なことなのだが

これは前世は兄弟ではなかろうかというくらい


その些細なことが似ていて


彼女とワタシは呆れるばかりだった



ワタシを除く

彼と彼女とワタシの夫は


目指した道で輝いた




羨ましくもある




けれど


4人とも望んだ人生だった



彼のためにと夫は骨壺を送った



その骨壺は


焼きあがった時、私のお気に入りとなり


もっと大きいのを作っておいてくれと夫に頼んである



その骨壺は何故か人手に渡らず

夫は静かにしまってあった



それが

彼の分骨のための骨壺になるとは


思いもよらぬことだけれど



彼があの骨壺に収まると思うと

ワタシは心が温まる





彼の葬儀から何日も経たぬころ

息子の家に呼ばれ


1月に生まれた孫の世話をさせてもらった



これは嬉しい出来事で


ただ、嫁さまの体調不良ということもあり

手放しで喜んではいられないが


生まれたばかりの孫を一日中抱っこできることは

無条件でうれしい




確定申告の計算もあり



右往左往の2月は去った





生きる力の根源と


悲しみの極致と



感情の起伏も激しいひと月だったし


夫の個展もあって


あっという間に過ぎ去った2月




バイバイ2月



来年は

もう少し平穏な月になるといいね